桃太郎

 昔、昔、あるところに住んでいたおばあさんが川で洗濯をしているところに、桃が流れてきました。桃は、それは大きな桃でした。おばあさんは、桃を家に持ち帰ると、おじいさんが帰るのを待って、桃を割ることにしました。
 日が落ちて、おじいさんが帰ってきましたので、おばあさんは、包丁を振りかぶり、えいやとばかりに振り下ろしました。すると、桃の中から赤ん坊が飛び出してきました。おばあさんはそのことにとても驚きましたが、その姿形を見て、もっと驚きました。
「おや、おや、これはまた元気のいい、小さな小さな赤ん坊だこと」
 桃から飛び出してきたのは、親指ほどの大きさしかない男の子だったのです。子どものいないおばあさんはよろこびましたが、隣で、おじいさんが首をひねります。
「なんだか、おかしくはないかね、おばあさん」
「え、なにがですか、おじいさん」
「いや、なんといったらいいのか分からないが」
 ぶつぶつと言い始めたおじいさんを後ろに、おばあさんは無邪気によろこんで、小さな小さな赤ん坊の名前をかんがえ始めました。
「ねえ、おじいさん、この子の名前、どうしたものかしらねえ」
「さあて、困ったものだ。桃から生まれたのだから、桃太郎と名付けたいところなのだが」
「あら、それはいい名前、そうしましょう」
「いや、しかし、一寸くらいしかない赤ん坊でもある」
 またぶつぶつと言い始めたおじいさんを放っておいて、おばあさんは、赤ん坊に桃太郎という名前をつけたのでした。
 さて、その桃太郎の成長は早く、一年もたつと、姿形は、立派な大人になってしまいました。とはいっても、身長はほとんど伸びてはいません。育ちきった自分の体を見下ろして、桃太郎は首をかしげます。首をかしげる姿がおじいさんそっくりなのを、おばあさんがほほえましく見ています。
「はて、おかしなことだ。私は鬼ヶ島に鬼退治に行かなくちゃいけない。桃から生まれたからには、そうしなくては。しかし、この小さな体では、とても、鬼を退治できるものではないはずだ」
 桃太郎は、鬼というのは、暴れ者で、遠い鬼ヶ島から人里にやってきては、乱暴をはたらき、金銀を盗んでいく悪党だと聞いていました。村一番の大男よりも大きく、大きな金棒を軽々と振り回すのだとか。自分では、お供の力を借りても、とても退治できないとかんがえて、桃太郎は、しばらく様子を見ることにしました。
 しかし、一年たち、二年がたっても、桃太郎は一寸のままでした。
 桃太郎はほとほと困り果て、ため息をつきました。
「やれ、仕方がない。私は桃太郎なのだから、鬼退治をしなくてはいけないのだ」
 腹をくくった桃太郎は、鬼退治をすると聞いて驚きあわてて引き留めるおばあさんたちを説き伏せると、旅立ちました。
 腰には豆粒のようなきび団子、背中には幟をしょって、堂々たる出陣です。
「お椀の船はいらないのだろうか」
「おじいさんは、桃太郎が生まれたときから、変なことばかりいっていますねえ」
 さて、桃太郎は、鬼ヶ島を目指して歩き続けます。
 海へ続く道を歩いていると、お腹をすかしたらしい犬が、向こうからやってくるのを見つけました。
「さては、あの犬がお供に違いない」
 にやりとした桃太郎は、犬が声をかけてくるのを待っていました。犬は、桃太郎を見つけると、猛然と駆け寄ってきましたが、桃太郎には、それは、とても、仕える主人を見つけて走ってきたようにはみえませんでしたので、あわてて叫びました。
「待て、待て、犬よ」
「なんだい、ちっちゃいの。おれは腹を空かせているんだから、変な抵抗をしないで食べられてもらえるといいんだが」
 犬が自分のお供になるどころか、自分が犬のおやつにされそうになっていると知って、桃太郎はあわてました。
「なんだ、それは、まるっきり話が違うではないか。例の申し出はどうしたのだ」
「申し出、なんだ、それは」
「それはもちろん、『桃太郎さん、桃太郎さん』という、あの呼びかけだ」
「確かに、おれは、桃太郎という方に仕えることになっているらしいが、小人のことは知らんぞ」
「ええい、まどろっこしい。私が桃太郎だというのだ。ほら、きび団子が欲しいのだろう。これをやるから、鬼退治についてこい」
 犬は、桃太郎が差し出した豆粒みたいな団子をみると、顔を近づけて匂いをかぎ、それから、そっぽを向いて鼻を鳴らしました。
「確かにこれはきび団子らしいが、ふん、おれを騙そうったってそうはいかん。おまえみたいなのが桃太郎でたまるか。鬼どころか、ネズミにさえ勝てなさそうじゃないか」
「いや、それは、私も不思議に思っているのだが」
「やれやれ、食べる気も失せた。見逃してやるから、どこへと行くんだな。おれはご主人を捜すから」
 止めることもできず、桃太郎は呆然と犬を見送りました。
 その後、猿とキジにあいましたが、同じような調子で、桃太郎に取り合ってもくれませんでした。
 お供がいなくては、とても鬼退治なんてできるものじゃありません。
「なにかが間違ったとしか思えん。私は、このままどこかでのたれ死んでしまうのだろうか。桃太郎と生まれたからには、鬼を退治して、金銀財宝を持ち帰らなくてはいけないのに」
 すっかりかちかちになってしまったきび団子をわびしく噛みながら、桃太郎が野原を歩いておりますと、二匹の生きものが口論しているところにあたりました。
「頼むから、ぼくが眠っている間に、追い越してくれよ」
「そんなことをいわれても」
「おまえさんがぼくの鼻っ柱を折ってくれなきゃ。ぼくが勝ってどうするんだよ」
「あっしだって、ウサギと競争するカメとなったからには、どうしても勝ちたいですよ。でも、あっしは、ウミガメじゃないですか。リクガメよりも足が遅いんですよ」
「ああ、やれやれ、どこでなにが間違ったんだ。これじゃあ、けっきょく、努力よりも才能の方が優れているということになっちゃうじゃないか」
 長い耳を折り曲げて頭を抱えるウサギと、すっかり渇いてばててしまって、芝生の上にひっくり返っているウミガメを見て、桃太郎は、ため息をつきました。
「どこでも、物事はうまくいかないようにできているようだ」
 与えられた役割を果たせないなら、自分は何のために生まれてきたのだろう。桃太郎は、悲しく思いながら、海へ向かいました。こうなっては、一人でも鬼ヶ島へ向かって、華々しく討ち死にしようと決めたのです。
 そうして、海へたどり着いた桃太郎は、こぎ手を雇い、古い船で海に乗り出しました。ところが、少しも行かないうちに、助けてくれえ、助けてくれえという声を聞きましたので、仕方なく船を止めさせました。
 なんと、少し離れたところで、一人の漁師と、一匹のカメがおぼれそうになっているのでした。あわてて桃太郎は、こぎ手に漁師とカメを助けさせました。
 こうなっては、鬼ヶ島に向かうのは後回しにするしかありません。船を浜辺に戻させると、桃太郎はこぎ手に銀粒をやって、帰らせました。
 人心地ついたらしい漁師とカメは、悄然としています。
「ああ、やはり泳げなかった」
「しかし、おれは助けたカメに乗って、海の底に行かなくてはいけないのだぞ」
「ええ、ええ、分かっていますよ。なんとかがんばって、海の底にお連れします」
 そんな会話を交わす漁師とカメに、桃太郎は事情を聞きました。
 漁師の名前は浦島太郎といって、子どもにいじめられているカメを助け、助けたカメに連れられて、海の底の竜宮城という場所に行くはずだったのだとか。それが、助けたカメは、泳ぎなどほとんど知らないような陸棲のカメで、それでもがんばってはみたものの、やはりおぼれてしまいそうになってしまったのだと。
 桃太郎は、ぴんと、ひらめくものを感じました。
「カメよ、カメよ、ちょっと私について参れ」
「しかし、私は、この方を竜宮城に連れて行かなくては」
「なぜ、連れて行かなくてはならないのだ」
「それが、浦島太郎に助けられたカメの役目なのです」
「まあ、今じゃなくてもよかろう、とにかく、ついて参れ」
 浦島太郎も、カメに手を振って促します。
「どうせ、時間はたんとあるのだ。命の恩人のいうこと、聞かなくてはバチがあたるぞ」
 それで、カメもうなずきました。
 さてさて、桃太郎がカメを連れてきたのが、あのウサギとカメの場所。
 二匹は、懲りずに競争を繰り返していますが、ウサギがどれだけ時間をかけて昼寝をし、カメがどれだけがんばっても、やっぱり負けるのはカメでした。落ち込んでいる二匹に、桃太郎は話しかけます。
「やあ、ウサギよ、カメよ」
「おや、小さい人がきた。なんですか、今は取り込んでいるのです。ぼくたちを放っておいてくれませんか」
 カメは、もう、全力で走り続けた後ですので、さすがに疲れ果てて声もでません。桃太郎は、そのカメを示し、
「そのカメも疲れ切っているようだし、少しは休んだらどうだろうか」
「まあ、かまいませんけどね。おや、あなたが連れているのも、カメですね」
 桃太郎は、カメをウサギたちに紹介しました。浦島太郎とカメの不思議な話を聞いて、ウサギはため息をつきました。
「やれやれ、うまくいかないのはぼくたちだけではないのですね」
 カメ二匹も、顔を見合わせてため息をつきました。
 落ち込む三匹に、浦島太郎はいいました。
「そこで、提案があるのだ。ウサギどのの相棒のウミガメどの、浦島太郎どのの相棒のリクガメどのが、それぞれ、役目を交代してはどうだろう」
 ウサギとカメ二匹は、驚いて、桃太郎をまじまじと見つめました。
「どうも、そうすると万事うまくいくように思うのだが、どうだろう」
「うーん、確かに、ぼくはそうなるととても助りますが」
「しかし、あっしは、その竜宮城に、浦島太郎なんていう人を運んでいけるんでしょうかねえ」
「そこは、それ。なんとかなるんじゃないでしょうか、私も、海に潜るよりはウサギと競争する方が、よっぽどましというもんです」
 それで、そういうことになりました。
 ウサギはカメと競争して、昼寝をしている間に、一生懸命距離を稼いだカメに追い抜かされて、才能よりも努力の方が素晴らしいということを知らしめましたし、浦島太郎はウミガメに連れられて、海の中に去って行きました。もっとも、浦島太郎が竜宮城につくことができたのかは、誰も知りませんが。
「それにしても、ウサギよ。おまえが勝ったんなら、勝ったでもいいだろうに。才能は才能なんだから」
「まあ、これがただの競争ならそうですけどね。ぼくがウサギじゃないとか、カメがカメじゃないとか。でも、ウサギのぼくがカメと競争するなら、カメが勝たなくちゃいけないじゃないですか。で、昼寝をして努力を馬鹿にするぼくが負けるというわけで。それが役目なんだから、そうしなくちゃいけない。だって、そんなものじゃないですか」
「うん、まあ、そんなものなのだろうな」
 よく考えたら、自分も、ウサギのことはなにもいえないのでした。
 さて、桃太郎は、もう一度、船のこぎ手を探しに町までやってきていました。ウサギがウサギであるために、カメに負けなくちゃいけないなら、桃太郎は桃太郎であるために、鬼退治をしなくてはいけないはずです。
 そこで、こんな話を耳にしました。
「一寸法師という武士が、鬼の手から姫様を助け出し、姫様の婿として迎えられたらしい」
「けども、不思議なことじゃ。立派な体格の武士だそうじゃで、なんだって、一寸法師なんちゅう名前なんじゃろうな」
 桃太郎はその話を聞いて、ぴんときました。
「そうか、ここが間違っていたのだ」
 桃太郎は俄然張り切って、お城を目指して行きました。
 一寸しかない桃太郎の小さな体では、お城への道のりは、鬼ヶ島に行くよりもつらいものと思われましたが、一寸法師にさえあえばなんとかなると思っておりましたので、苦にはなりませんでした。
 さてさて、そういうわけで、桃太郎はお城までやって参りました。姫のお婿になった一寸法師にあうには、お城の中に入らなくてはいけませんが、普通に行っても入れてはくれなさそうでしたので、桃太郎は、こっそりと忍び込むことにしました。
 屋根裏に住んでいたネズミにきび団子をあげて、協力してもらい、ようやく、桃太郎は一寸法師の部屋にたどり着きました。見ると、とても立派な体格の青年が、上等の布団にくるまって眠っているのでした。
「もし、もし、一寸法師よ」
「む、私を起こすのは誰だ。やや、これは奇妙な生きものだ。話に聞く、小人というものだろうか」
「私は桃太郎というものだ」
「うむ、そうか、して、桃太郎よ。私になにか用かな」
 眠っているところを起こされた桃太郎は少し不機嫌でしたが、こんなに小さな生きものがわざわざ自分にあいにやってきたのですから、話を聞いてやらなくては、と思いましたので、丁寧に相手をすることにしました。
「ええ、なにから話せばいいのか分からないのだが」
 桃太郎は、仕方なく、最初から話をしました。
「ふむ、それはまたおもしろい話だ。それが、私となにか関係があるのかな」
 一寸法師は、布団の上にあぐらをかいて、桃太郎を見下ろしました。
「そこまで聞けば分かると思うのだが、つまり、私が一寸法師であるべきで、あなたが桃太郎であるべきなのだ。だから、私と役目を代わり、鬼退治にでてもらいたい」
「やれやれ、やはりそういうことか。残念だが、私はすでに鬼を退治して、そのお礼として、美しい姫と結婚することになっているのだ。どうして、わざわざまた、苦労して鬼退治などをしなくちゃいけないのだ」
 まるで興味のなさそうな一寸法師に、桃太郎は、とても驚きました。役目は果たされなくてはいけないのに。せっかく解決法を見つけたと思ったのに、これでは、話がめちゃくちゃになってしまいます。
 桃太郎は、一生懸命、一寸法師を説得しました。
 一寸法師は、うるさそうに、手を振りました。
「役目だ、なんだって、そんなにまでして果たすことか。だいたい、誰が決めたというんだ。それに、役目というなら、私は今の役目が気に入っている。仮に、私が鬼ヶ島に行くはずだったのが本当だとしても、実際は違ったのだから、わざわざやり直すこともないだろう。第一、また鬼がおそってきたときに、おまえのように小さな武士がいたところで、姫を守ることなどできないではないか」
「そこは、それ、体の中に入り込んで、剣でつつくなりして」
「だったら、鬼ヶ島の鬼にもそうすればいい」
「そういう問題じゃない。この、分からずやめ」
 桃太郎は、とうとう怒りだして、腰に差していた剣で一寸法師をつつき出しました。ですが、剣は針のような代物ですし、一寸法師は、それこそ鬼退治も簡単にできそうなくらいに立派な体格の青年でしたから、全然、応えた様子もありません。
 桃太郎を哀れに思っていたので、一寸法師もしばらくは我慢していましたが、桃太郎がやめる様子もないし、痛いものは痛いので、とうとう、堪忍袋の緒が切れてしまいました。
「ええい、いい加減にしろ」
「あっ、なにをする気だ。やめろ」
 一寸法師は桃太郎をつまみ上げると、炊き場に行きました。ちゃんと剣は取り上げて、そこで焼いていた餅の中に桃太郎をくるみ込んで、ひょい、ぱく、と食べてしまいました。
「ああ、なんということを、それも、めちゃくちゃじゃないか……」
 お茶を飲むと、一寸法師は部屋に戻って、またゆっくりと寝ることにしました。お腹で小人が暴れる様子もないので、安心して、布団に潜り込み、眠りに落ちそうなところで、ふと、思います。
「やれやれ、あの桃太郎とかいうやつも、役目だとかいわないで、私と同じように受け入れていれば、もっと楽しく生きていられただろうに。鬼ヶ島の鬼だって、どうせなんとかなるんだから。
 それにしても、その一連の騒動、不思議なことだが、まあ、原因は分からないでもないな。たぶん、最初に、どこかの誰かが役目を嫌がったんだろう。タヌキがドロ船に乗らなかったのか、竹から生まれた姫様が貴族と結婚してしまったのか、山姥が小坊主を追いかけなかったのか、そんなことまでは、知らないがね」


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