そこは、確か戦場だった。
死屍累々と、兵士たちが横たわる、雨の降る戦場だ。
既に戦そのものは終わったようで、辺りに、生者の動く気配は無い。
どうやら、人族と魔族の戦いの後の様だ。
兵士たちの屍に折り重なって、魔物の屍もあった。
その数は、圧倒的に人族のそれが多かったが…。
霧雨も話には聞いた事があった。
ここ、バーマード地方も以前は魔物の多く生息する領域で、数十年前に剣王ハルッサムがシルヴァードの騎士団を率いて展開させた「魔族掃討作戦」の結果、多くの犠牲を払って、現在の安穏とした大地とされたのだと。
…霧雨は、それ以外の、人族対魔族の、これほどの規模の戦いは知らなかった。
その戦いについても、想像しか出来ないが。
霧雨は、豪雨の中、何かに導かれるようにして歩を進めた。
それは、彼が夢の世界を訪れたといわれるよりは、魔法にかけられて過去に飛ばされてしまったと聞かされた方が納得が出来るほど、凄惨さと悲惨さと、悲哀と、血の匂いとに満ち満ちていた。
夢だとするならば悪夢の類だろう。
そこを、霧雨は歩いていった。
…半刻も進まなかった。多くの死体を抜けて行った先。彼の目に付いたものがあった。
「…クロード!?」
それは、紛れも無くクロードだった。
雨にも流されない…即ち、自らの身体から絶え間なく流れる血に塗れ、泥に蹲る、騎士の姿だ。
彼が知っている細面の男は、随分と変わり果てていた。土気色の顔と、力を失った手と。
クロードは、剣を杖にして膝立ちになったまま動かない。声を掛けても反応をしない。
…死んでいるのだろうか?
いや、半分も瞼に閉ざされた瞳の奥には、まだ明らかな光があった。執拗に生を求める光だ。
もう一度名前を呼び、身体に触れると…、クロードは、緩慢な動きで彼を見た。そして、無言で彼を見つめる。見つめたまま…、ゆっくりと地面に、前のめりに倒れた。また、緩慢な動きで手を延ばす、霧雨に向けて。霧雨がその手をとる前に、何かに気が付いたように延ばした手を引いて、彼が先刻まで杖にしていた剣を取り、押し付けるようにして渡す。
震える唇で、言葉を、必死に紡ごうとする。
彼は気が付いていないが、それは音にはなっていない。
なっていないが、しかし、霧雨には聞き取ることが出来た。
「あなたが誰なのか、何をしていたのか。それはどうでもいいこと」
自分は今、動くことが出来ないこと。
だから、先に、この剣をシルヴァードの、フォレスティ家のシーラという娘に届けて欲しいと。
そして、けれど……、と続ける。
「私は、必ず帰る。足が動かなくなっても、手で、地を這って。手が動かなくなったら、地に噛り付いてでも、必ず帰る。必ず、貴女の元へ帰ると……」
そう伝えてください。
口を動かし、最後に「少し休憩してから歩き出します。あなたは、どうか、その剣を持って、先を……」とだけ言い、あとはぴくりとも動かなくなった。
霧雨は託された剣を持ち、立ち上がる。
――そこで、場面が変わったのだ。
あの小屋の中に。
何故、忘れていたのだろう。
そして、周囲を見て判る事があった。
今の自分の考えは、「誰にも聴こえていない」こと。
夢魔にも。シエラにもミネルヴァにもだ。
調べてみると、「今まで気が付かなかった」が、自分は確かに、クロードに託された剣を持っている。
それが何かしら仄かな暖かさを発しているようだ……