PBeM
〜Dragon Pursurs〜
竜追い達の唄

騎士王国シルヴァード
大陸の東部、バーナード地方の列国、最強の国。
剣王ハルッサムによる安定した統治を受け、現在が史上の全盛期と言われている。

:騎士王国 守護の森:
 王都から一里ばかり北にある森林。
 元々は妖魔の跳梁する森で「不帰の森」と呼ばれていた。
 人魔大戦の折、剣王ハルッサムが霊剣と共に地神ロークファーを奉じた為にその神の守護を受け、魔物も妖魔もいなくなった。
 それ故に「守護の森」と称されることとなった。
 木漏れ日も美しく、静かなせせらぎの中で動物たちが昼寝を楽しむ平和な森である。

投稿(件名…騎士王国 守護の森)
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リュート

 リュートは小屋の中で道具の手入れをしていた。
 古びたナイフを磨いたり、狩りに使う簡単な罠の動作の確認などをしている。
 蓮葉が戻ってくるのに気がつき、目を向ける。

蓮葉<

「……ありがとう」
 洗い物が載った盆を見て、いう。


蓮葉

リュート<

 よかった。せめてもの恩返しと何かさせて貰いたかったのだ。
 手頃な板を盆代わりに持つと、頼まれたことについ笑みが零れる。
「はい。…喜んで」

 食事が終わり、食器―どうやら呼び名は私の知るものと大分違うらしい―を持って洗い場へ。
 …水場が近くにあるのか、私の目から見てもあまり重きが置かれていない。
 それとも、本来長期の住まいに使う小屋ではないのだろうか。
 …むやみに浮かぶ考えを振り払い、洗い物を始める。
 とはいえ、そう時間のかかる量では無いのだが。
 それでも、リュート殿に報いる為にも気合を入れて掛かる。
「ええと…これが、すぷーん…」
 教えてもらった呼び名を一つ一つ確認しながら、汚れを落とす。
 …それにしても、この森…随分と静かだ。
 不気味な静けさとは違う、心の鎮まるそれが内に満ちている。
「…故に、こうして一人洗い物も出来る、か」
 間も無く洗い終わった食器を再び盆に載せ、小屋へと引き返す。
 …リュート殿に、この森のあらましをお尋ねしようか…?


リュート

蓮葉<

 戸惑ったように目を瞬かせて、断るのも悪いと頷く。
「それじゃあ、頼む」
 やはり言葉がぎこちない。
 騎士たちが仲間内で使っていたような言葉遣いはどのようなものだったか。

洗い場について<

 洗い場は小屋の外、中くらいの大きさの桶にためた水を使うのだという。
 元々、誰とも知れない狩人が建てた小屋と思われ、とりわけ水回りには何の気も使われていないようだ。


蓮葉

リュート<

「…か、かたじけない」
 差し出された杯に水を注ぎ、頂戴する。
 …改めて、落ち着く。
 随分な振る舞いを見せたが、どうやらリュート殿が気にした様子は無い。
 …有難し。
「…はい。この、森を歩いてみたく…」
 リュート殿につられて窓の外を見る。折りよく陽が差してきたようだった。
 食事の後に、とリュート殿から有難い言葉を頂戴する。
「…重ね重ね、御厚意…かたじけない」
 椀を抱き、頭を下げた。

 椀を空け、リュート殿が食べ終えた頃を見計らい、声を掛ける。
「リュート殿、よろしければ洗い物は私に任せて頂きたいのですが…」


リュート

 異郷の人なのだろう。事につけ、不慣れな様子だった。
 蓮葉が気恥ずかしくならないよう、不躾にならない程度に目をそらしておく。

蓮葉<

「よかった」
 おいしい、との言葉に自然に言葉が漏れる。
 むせてしまったようだが、大丈夫だろうか? とりあえず、水差しとコップを差し出す。どちらにしても、蓮葉が気にしている『はしたない振る舞い』というものは気にもしていない。
「……森」
 ふと、窓に顔を向ける。
 暖かな木漏れ日が見える。
「じゃあ、食事の後に行くことにしよう」


蓮葉

 鍋を持つリュート殿の後をおろおろとついて歩く。
 お腹をすかせた幼子の頃に戻った気分だ。

リュート<

「…頂きます」
 有難く椀を受け取る。椀、と言うには少々大きいが…とりあえず、椀だ。
 一緒に…大きな、匙か。匙だな、これは。
 私のいた地では、この手の物でよく薬を計っていたが…えっと。
 つい、と隣のリュート殿を見る。
 匙でもって椀から煮汁や具を掬っている。器用だ。
 
 …これは難しいぞ。よし、先ずは落ち着くんだ。急いては事を仕損じる。
 しかし冷ましてしまうのもリュート殿に失礼だ。実のところ、熱いのは苦手ではあるが。
 既に大分時間を過ごしてしまった。意を決して、握った匙の先を椀に付ける。
「…む、むむ…」
 慣れぬ手つきだが…何とか、煮汁を掬うことに成功した。
 震える手で口に運ぶ…ゆっくり、そっと…
「…美味しゅう、ございます」
 溜息と共に、声が漏れる。
 心地良い暖かさが喉を通り、身体に染み渡る。
 
 匙を握ったまま、生き返った気分も味わう私にリュート殿の声が掛かる。
 …あ、お待ち下さい、今とてつもなくはしたない真似を…
 
「…んっ、ほ、こほっ…」
 リュート殿の言葉と、先の自分の真似にむせ込んでしまう。
 だが、慌てたように続く言葉にようやく落ち着いた。
 同時に、この方のことも少しわかった気がする。どうも、人と接することに不慣れなようだ。
 …だが、それは今の私も同じだった。町に出て…多くの人と遭うのは正直なところ、気がひける。
「…申し出、かたじけのうございます。しかし、何分この地には不慣れでありますゆえ…また、目的とする地もござりませぬ」
 しばし思案する…と昨夜、床についてからの考えを思い出した。
 
「もし、リュート様さえよろしければ…この森を歩いてみたいと思うのですが…」


リュート

 蓮葉を見て、首をかしげてから、シチューポットを厚手袋をはめた手で持ち、粗末な食卓へ運ぶ。
 率先して椅子につき(何となくそうした方が良いような気がしたのだが)、蓮葉にもつくように勧める。

 自分と蓮葉の深皿にシチューをよそい、木のスプーンを隣に置いた。

蓮葉<

「食事をして、体調が良ければ……
 町まで案内してもいい」
 いまいち似合わないぶっきらぼうな口調で言う。
 それから急いで付け足す。
「早く出て行けというわけではなくて……どこか目的地があるのなら」


蓮葉

リュート<
 
「…お、おはよう、ございます」
 これまたぎこちない挨拶を返してしまった。
 小さく頭を下げる。火照った顔には気付かれなかったらしい。
 顔を上げ、火を使っているリュート殿に近づく。
 香りの源である鍋には、よく煮込まれた具が湯気を立てている。
「は…あ、ありがたく、いただきます」
 ぎこちなさが抜ける前に、朝食の勧めに頷いてしまう。
 縮こまるように、リュート殿の真似をして近くに座る。
 
 …しかし、改めて見ると、私の居た郷とは物が違う。
 海を隔てると、こうも文化が変わるものなのか。


リュート

蓮葉<

「おはよ、う」
 ぎこちなくも、とりあえず朝の挨拶をする。
「起きれたのなら良かった。
 朝食があるから、良ければ……。食欲があるなら」
 蓮葉の紅潮したらしい顔には、特段気が付いた素振りはない。


GM

 リュートは何やら壁の窪み(暖炉)で火を焚いていた。
 火の上には金属製の入れ物(シチューポット)が置かれていて、蓮葉の嗅覚を刺激した香りは、その入れ物から漂ってきているようだ。


蓮葉

 有難いことに、夢は見なかった。
 
「ん……」
 まぶたを押し上げ、丸めていた身体をゆっくりと伸ばす。
「…朝か」
 少なくとも、朝と夜の違いはわかった。虫と鳥の歌の違いも。
 それが、自分が今いる場所と、もう帰ることの無いだろう場所が繋がっていると感じさせて、小さく溜息をつく。
 途端に、鼻先から何ともいえない香りが入り込む。どうも、煮込みか何かのようだ。
 瞬く間に私の意識を捕らえたそれは、せっつくように身体を起こさせ、あの失態を晒した仕切りに向かわせる。
 
 今度は一度の失敗で開けることが出来た。
 食欲は偉大だ。我ながら実にはしたないが。
 やや熱い頬を隠し、仕切りの裏からそっと様子を伺う…これもはしたない。
 ――ギィ、と開く仕切りが軋んで音を立てた。



GM

 どの世界でも、どんな場所にあっても。夜は静かに訪れて、朝は穏やかにやってくる。
 空は晴れている。風は少なく、ただ、暖かな陽気を運んでくる。

 蓮葉が目覚めたら、虫ではなく鳥たちの歌声を耳にしただろう。それから、もしかすると、リュートが作るシチューの香りも嗅いだかも知れない。


蓮葉

 リュート殿が隣の間に戻った後、受け取った品々を抱いて床に就く。
 …情けないが、こうしていると多少は落ち着きが戻る。
 まだ、身体が本調子ではないようだ…今は、休むとしよう。
 目が覚めてからこの森を歩けば、少しくらいはこちらの感覚が掴めるかもしれない。
 そして…私は、ゆっくりと、目を閉じた。


リュート

蓮葉<

「いや……その」
 頭を下げられて、どう答えたらいいのか戸惑う。目が泳ぐ。
 まさか、『武具を汚れたまま放置したら即座に鉄拳が飛んでくるような環境に慣れすぎていて無意識のうちにも手入れをしていた』とも答えるわけにもいかない。
「気にしないでくれ。
 ゆっくり休んで……自由に動けるようになったら、周辺の案内くらいはできると思う」
 言うと、部屋を出て行く。


蓮葉

リュート<
 
「これは…」
 酷い状態であろうことを覚悟していたが、それらは波間を漂ったことなど無かったかのように整えられている。
 しばし呆けてしまった…が、リュート殿以外に誰がそれを成したというのか。
「…数々の御厚意、重ね重ね、お礼申し上げます」
 深く、頭を下げた。


リュート

蓮葉<

「カタナに、ハオリ……」
 鎧は分かった。
 他の二つについても言葉は分からなかったが、持ち物のことを心配しているのだろうことが推測できたので、部屋の隅にあったチェストを開けると、蓮葉の元へ持ってくる。
「これのことだろうか」
 丁寧にたたまれた羽織に、武具。
 状況から考えて、どれも海水に汚れていたと思われるが、綺麗に洗われている。剣と鎧には油も差してあるようだ。


蓮葉

 リュート殿に支えられ、元の…目を覚ました一間へ戻る。
 
リュート<
 
 何処を目指しているのか……リュート殿の言葉が圧し掛かる。
 それは…私にもわかりかねるのです、リュート殿。
 言葉にするのも憚られるその答えを頭の奥に流し、リュート殿の勧めにしたがう。
 矢鱈と動かず、それ故に透けて見やすいリュート殿の表情がありがたい。
「…かたじけ、ない。今少し、床をお借りします…」
 ふと、自分の周りを見る。
「…リュート殿。あの、私の周りに、刀や鎧を…」
 それに、羽織を…お見かけになりましたか…
 そう尋ねた声は、自分でも思いのほか、小さく聞こえた。


リュート

蓮葉<

「蓮葉?」
 自分の言葉が与えた影響に驚き、慌てて近寄る。
「起きるには早かったのだろうと思う。
 どこを目指しているのかは分からない、が、動けるようになったらできる限り案内する」
 だから、ゆっくり休むように勧めた。
 髭と、あまり動かない表情の下で、本音から心配しているだろうことが簡単に透かして見える。

(騎士王国へ行くのなら……あまり近くは行けないけれど。
 僕はいるんだろうか。僕ではない、僕は)


蓮葉

 …リュート殿の視線が、遠くを見つめる。
 この目は、見たことがある。
 色は違えど、その奥に焼き付き、その先に浮かぶもの。
 …この目は、侍の…否、侍であろうとすることに誇りを抱く者の目だ。
 …リュート殿は、武門の生まれなのかもしれない。
 ふと、そんなことを考えた。
 
リュート<
 
 要らぬ詮索をしていた報いだろうか。
 リュート殿の言葉は、掴んでいた藁を容易く流してくれた。
「…な…」
 頭のどこかではわかっていた筈だのに、息が上がる。
「…なんてこと」
 それだけを搾り出し、荒い息を抑えるように口元へ手を当てる。
 ――姫様。
 ――私はいったい、何処へ流れていくのでしょうか?
 また、頭が痛み出した。
 片手をつき、何とか身体を支える。


リュート

蓮葉<

 今度こそ、おかしな事を聞いたという風な顔をする。
 それでも、ちゃんと答えようと思い、かの国を思い描く。
 自然と、懐かしむような、憧れるような目になる。

「騎士王国シルヴァードが主、剣王の誉れ高きハルッサム・G・クライベル陛下」
 それらの言葉が蓮葉に与える影響などはついぞ知らず、心の半ばを思いに遊ばせる。


蓮葉

リュート<

 リュート殿が目を瞬かせる。その表情に、一瞬ではあるが童のような無垢さが見えた。
 初めに思ったよりも、歳が下なのかもしれない。伸びた髭も、それを覆うため伸ばしているものか。
 考えている様子の彼を、つい眺めてしまった。
 はて、しかし私はそんな考え込むことを言ったのだろうか。
 城都のどの辺りかさえ分かれば…?
「……守護の、森?」
 聞いたことの無い森…いや、城都を聞いたことが無いとは、何を…騎士達の、国?…リュート殿?
「しるう゛…」
 今度は舌を噛んだ。痛い。
 だがそれよりも、この状況は一体…!
「…リュート殿」
 まさか、まさかまさかまさか…?
「…その、しる、ばーど…を治めておられるのは、何方様で…?」
 胸が、早鐘を打つ。それが半ば確信ではあったが、悪足掻きとばかりにその問いを向ける。
 聞いたことの無い地名であることには、目を瞑った。
 
 まさか…私が、御伽噺としか思っていなかった海の向こうへ流れ着いていたなどということは…


リュート

蓮葉<

 何度かのやりとりの末、ようやく顔をあげてくれてほっと息をつく。
「ジョー、ト?」
 目を瞬かせる。
 とたんに、顔立ちの幼さが際だつ。
 しばらく考えてから、答える。
「ジョートは分からないのだけれど……ここは守護の森といわれている。騎士王国(Land of Knights)シルヴァードの北にあるのだけれど……」
 自分の拾った女性はもしかすると迷子なのかもしれない。


蓮葉

リュート<
 
 顔は見えないが、少々慌てたような声がかかる。
 曰く、止めてくれ。どうやら謙虚な人物らしい。
「いえ、己が身の危急をお救い頂いた方に礼を尽くすは、至極当然と心得ますれば」
 かと言って、礼を欠くことは私も好まない。こう応えると、相手もまた頭を上げてくれと言う。
 結局面を上げた私に、彼は改めてその名を名乗った。
「竜斗?…あ、いや…りゅー、と、リュート殿」
 耳慣れない響きの名だ。
 舌をかみそうになったが、なに、すぐに慣れよう。
 …そういえば、ここは城都のどの辺りになるのだろう。
 リュート殿の名といい、その姿といい、どうもここは私の知る土地からは随分と離れているようだ。
 
「リュート殿、つかぬことを伺いますが…この地は、いずこになりましょうか?
 お恥ずかしい話なのですが、私には城都のいずこかとしか分からないのです」



男性

蓮葉<

「いや、あの」
 突然地面に伏した相手を見て、狼狽える。
 やはり気分が悪いのか、と思うも、どうもそうではないようだ。大陸の一地方では、相手に最上級の敬意を表す際にこのような仕草をすることがあるというのを思い出す。
「止めてくだ――止めてくれ、ええと、はす、は」
 耳慣れない語感の名前を、やはり慣れない様子で舌に乗せる。
「リュート、おれはリュート。
 そんなことをされるようなことはしていないんだから、頭をあげて欲しい」


蓮葉

 ぺたりと座り込む。先の相手は面食らっているようだった。
「は、あ、や、これは、その…お恥ずかしい」
 しかし、よく見ればその髪は栗色、伸びた髭も同じ色だ。
 瞳に至っては飴のような色をしている。
 だが、言っている事は、分かる。
 座り込んだ姿勢を正し、指をついて頭を下げる。
「…蓮葉、と申します。危ないところ…を、助けて頂き、かたじけなく存じます」
 
 言葉を交わすということが、随分と久方ぶりに感じる。


男性

 作業をしていたのは、まだ幼さが残った顔立ちの若者だ。
 髭を伸ばしているようだが、あまり板についていない。まだ、二十歳にもなっていないだろう。
 手にナイフを取って木を削り、矢をこしらえている。
 がちゃがちゃという音に、蓮葉が気がついたのだと気づいてそちらの方を向くが、やおら飛び込んできたのを見て目を丸くする。

蓮葉<

「無理しない方がいい。僕が……おれが見つけたときにも、随分と衰弱していたようだから」
 蓮葉が無理をおして立ち上がり、よろめいてしまったのだと思ってそんなことを言う。


蓮葉

「……う、ん」
 虫の声だろうか。鈴の鳴るような音で、目が覚めた。
「…ここは…っく」
 身を起こした途端、視界が歪む。堪らずまた横になった。
 随分眠っていたようだ。意識を落ち着かせようと視界を掌で塞ぐ。
 
「……ああ」
 落ち着かせようとした筈なのに。
 闇に包まれた視界には、今度は鮮明に最後に見たものが映し出される。
 沈んでいく船と、海と…ああ、もう止めよう。腕も、重たい。
 手を下ろすと、視界は元に戻っていた。木製の、小さな天井だ。
 ゆっくり身体を起こせば、今度は問題なく起きられた。
「…ふう」
 …そうだ。もう、姫様はいない。私が護り、仕えていた筈の、姫様。
 そして、私は生きて…生き残って、しまった。
 海に落ちた筈なのに、この何処とも知れぬ小屋の中で、こうして生きている。
 
 そっと立ち上がる。これから何をすればいいのか、よく分からない。
 周りにあるのは、動物の皮や薪…少なくとも、捕らえられた訳では無いらしい。
 壁にある、微妙な窪みが出来た部分の前に立つ。仕切りだろうか…初めて見る造りだ。
 引き手らしきでっぱりに触れる…前に、その向こうに気配を感じ取れた。
 …どうやら、かなり感覚が鈍っている様だ。
 溜息を吐きながら、引き手に触れて横に引く…引く…。
 動かない。おかしい、やはり閉じ込められていたのかも知れない。
 残った力で引き手をしっかり握り、ぐっと横に引いてみる。
「…あっ」
 横に引いた、筈が…引き手をぐいと捻ってしまった。
 なるほど、こういう造りかと納得する間も無く、押し開いた仕切りにしがみついたまま、その先の人物と対面してしまった。


GM

 人影が、守護の森を歩いている。
 まだ若い人間の青年だ。栗色の髪、琥珀の瞳。
 彼は、倒れた蓮葉に気がつき、近づいていく。

 日が暮れ、虫たちがざわめき始める。
 やがて蓮葉の精神力は回復を見せ、意識を取り戻すだろう。
 そのとき、彼女がいるのは、木で作られた粗末な庵の中に置かれた簡素な寝台の上だ。周囲には、動物の皮や薪などが置かれており、ここが狩人が使う一時的な家屋なのだろうと判断できるだろう。
 周りには誰もいないが、扉を一枚隔てた部屋で、誰かが何かを作業している気配を感じ取ることはできるかも知れない。


蓮葉

 守護の森は、その日も静寂を湛えていた。
 その静けさを破るように、一つの影がよろよろと歩んでいく。
長い距離を走ってきたのか、疲れきった身体を引きずるように、四足の影は進む。
 やがてその力も無くなり、その影に見えた猫にしては大きな黒猫は、森の奥と空を見上げ、ゆっくりと倒れた。
 そこから弾かれた様に、鎧や剣などが周囲に飛び出す。
 その間にも、猫の姿は人のそれへと変わっていった。
 この大陸の物ではない、着物を纏った女性の姿に戻ると、うわ言の様に呟く。
 
「…申し訳、ありません…姫様」
 
 酷くにじむ視界の中に、僅かに差し込む木漏れ日。
 
「姫様……ねえさま」
 
 それきり、彼女の意識は沈む。